私たちが普段何気なく使っているパソコン。その中心には、数センチ四方の小さなパーツ「CPU」が鎮座しています。 しかし、その小さなシリコンチップの裏側には、半世紀にも及ぶ**「Intel」と「AMD」**という二大企業の、存亡をかけた壮絶な殴り合いの歴史があることをご存知でしょうか。
技術的なブレイクスルー、市場を揺るがす大事件、そしてファンの記憶に刻まれた「神CPU」と「駄作CPU」。 この記事では、PC自作史におけるCPUの進化を、当時の熱狂や事件と共に振り返る「CPU大河ドラマ」をお届けします。
第1章:1970年代〜1980年代【兄弟の契りと、裏切りの予感】
全ての始まり「x86」の誕生
物語は1978年、Intelが**「8086」**プロセッサを発表したことから始まります。これが現在の「Core i9」や「Ryzen 9」にまで繋がる「x86アーキテクチャ」の始祖です。 当時、コンピュータ界の巨人IBMは、自社のパソコン(IBM PC)にIntelのCPUを採用することを決めました。しかし、IBMは条件を出します。「安定供給のために、他社にも同じCPUを作らせろ」。 これを受け、IntelはAMDに対して「セカンドソース(製造請負)」としてのライセンスを供与しました。つまり、元々AMDはIntelの下請けパートナーだったのです。
「386」裁判と独自路線の始まり
蜜月は長く続きませんでした。PC市場が爆発的に成長すると、Intelは「もうAMDに技術を渡す必要はない」と判断し、次世代CPU「80386(i386)」のライセンス供与を拒否しました。 AMDは激怒し、裁判を起こします。数年に及ぶ泥沼の法廷闘争の末、AMDは「x86互換CPUを作る権利」を勝ち取りました。しかし、Intelから設計図をもらうことはもうできません。ここから、AMDは**「Intelの製品を解析し、独自の設計で追いつき追い越す」**という、苦難の道を歩み始めます。
第2章:1990年代前半【Pentiumの栄光と「計算できない」事件】
ブランドの確立「Pentium」
1993年、Intelは「486」の後継モデルを発表します。本来なら「586」となるはずでしたが、数字だけでは商標登録ができないため、ギリシャ語で「5」を意味するPentaを使った造語**「Pentium(ペンティアム)」**と名付けました。 「インテル、入ってる(Intel Inside)」のCMキャンペーンと共に、Pentiumは高性能パソコンの代名詞となり、Intelは圧倒的なブランド力を手に入れます。
事件:FDIVバグ(1994年)
順風満帆に見えたIntelに、設立以来最大の危機が訪れます。 **「Pentiumプロセッサは、割り算を間違える」**という衝撃的な事実が数学者によって発見されたのです。 これは「FDIVバグ」と呼ばれ、特定の浮動小数点演算を行うと、極めて稀に計算結果に誤差が生じるというものでした。当初、Intelのアンディ・グローブCEOは「一般的なユーザーには影響がない」として交換を拒否しましたが、IBMが「Pentium搭載PCの出荷停止」を発表したことで事態は急変。 世論の猛反発を受けたIntelは全品交換に応じ、4億7500万ドル(当時のレートで約475億円)もの特損を計上しました。しかし、この誠実な(最終的な)対応が、逆にIntelの信頼性を高める結果となりました。
第3章:1990年代後半【クロック戦争とAMDの奇襲】
AMD「K6」の反撃
Pentium IIやPentium IIIで独走するIntelに対し、AMDは**「K6」**シリーズで対抗しました。 「Intelより安くて、そこそこ速い」というK6は、低価格PC市場で爆発的な人気を得ます。当時、PCは数十万円する高価なものでしたが、AMDのおかげで「10万円以下で買えるPC」が現実のものとなりました。自作PCブームの火付け役です。
歴史的転換点:Athlon(アスロン)の衝撃(1999年)
1999年、AMDはとんでもない怪物を解き放ちます。**「Athlon(K7)」**です。 当時のCPU性能の指標は「クロック周波数」でした。IntelとAMDは「どちらが先に1GHz(ギガヘルツ)の壁を超えるか」というチキンレースを繰り広げていました。 大方の予想は「技術力に勝るIntelが先だろう」というものでしたが、世界初の1GHz CPUを出荷したのは、なんとAMDでした。 「AMDがIntelを超えた日」。自作PCファンは熱狂し、秋葉原ではAthlonを求める長蛇の列ができました。
スロット型CPUの時代
この頃、CPUの形状は今の「剣山(ソケット)」型ではなく、ファミコンカセットのような「スロット(Slot 1 / Slot A)」型が一時期流行しました。CPUキャッシュメモリをコアの外に設置する必要があったための過渡的な形状でしたが、その巨大なカートリッジをマザーボードに突き刺す行為は、自作ユーザーに独特の高揚感を与えました。
第4章:2000年代前半【Pentium 4の迷走とAMD64の革命】
Intelの失敗「NetBurst」アーキテクチャ
焦ったIntelは、2000年に**「Pentium 4」を投入します。 採用された「NetBurstマイクロアーキテクチャ」は、「とにかくクロック周波数を上げれば性能は出る」**という思想で作られていました。Intelは将来的に「10GHz」まで到達するロードマップを描いていました。
しかし、物理の壁が立ちはだかります。 クロックを上げれば上げるほど、消費電力と発熱が指数関数的に増大したのです。特に「Prescott(プレスコット)」コアのPentium 4は異常な発熱で、**「プレスコットならぬプレスホット」「爆熱」**と揶揄されました。 CPUクーラーの風圧でケースが浮くのではないかと言われるほどの騒音と熱に、ユーザーは辟易しました。
AMDの天下「Athlon 64」
Intelが発熱と格闘している間に、AMDは次の一手を打ちます。 2003年、**「Athlon 64」を発表。これはx86 CPUとして初めて「64ビット」に対応した画期的な製品でした。 さらに、メモリコントローラーをCPUに内蔵することで、データのやり取りを劇的に高速化。ゲーム性能でもオフィス性能でもPentium 4を圧倒しました。 MicrosoftがWindowsの64ビット版において、Intelの規格(Itanium)ではなくAMDの規格(AMD64)を採用したことで、技術的にも「AMDが業界標準」**となった瞬間でした。この時期、自作PCを作るなら「Athlon 64一択」という黄金時代が続きます。
第5章:2006年〜2010年【帝国の逆襲、Core 2 Duo】
起死回生の「Core 2 Duo」(2006年)
「Pentium 4は失敗だった」。Intelはついにそれを認め、開発方針を180度転換します。 クロック周波数を追うのをやめ、「クロックあたりの性能(IPC)」と「省電力」を重視する設計に切り替えました。こうして生まれたのが**「Core 2 Duo(コア・ツー・デュオ)」**です。
その性能は衝撃的でした。 Pentium 4よりも低いクロック数なのに、処理能力は圧倒的に上。消費電力は半分以下。 **「宇宙人が設計したのか?」**と言われるほどの性能向上に、AMDの黄金時代は一夜にして崩壊しました。AMDは値下げで対抗するしかなく、長い冬の時代に突入します。
「Tick-Tock」戦略の確立
この頃、Intelは「Tick-Tock(チック・タック)」という開発モデルを確立しました。
Tick: 製造プロセスを微細化する(配線を細かくする)年。
Tock: アーキテクチャを一新する(中身の設計を変える)年。 これを1年ごとに繰り返すことで、Intelは止まることなく進化を続け、他社を完全に引き離す独走態勢に入ります。
第6章:2011年〜2016年【Sandy Bridgeの伝説と、Intelの慢心】
史上最高の神CPU「Sandy Bridge」(2011年)
第2世代Coreプロセッサ(Core i7-2600Kなど)は、PC自作史において**「最も愛されたCPU」として記憶されています。 コードネームは「Sandy Bridge(サンディ・ブリッジ)」。 性能、省電力、価格、オーバークロック耐性、すべてが完璧でした。定格3.4GHzのCPUが、空冷クーラーで簡単に4.5GHz〜5.0GHzで動作しました。 あまりに完成度が高すぎたため、これ以降のCPUを買う必要がなくなり、「Sandyおじさん」**と呼ばれる、10年近く同じCPUを使い続けるユーザー層を生み出してしまったほどです。
AMDの悪夢「Bulldozer」(2011年)
一方のAMDは、起死回生を狙って**「FXシリーズ(Bulldozerアーキテクチャ)」**を投入します。「8コア」を売りにしましたが、これが大失敗でした。 特殊な設計のせいで、実質的な性能は4コア程度しかなく、シングルスレッド性能が極端に低かったのです。消費電力も凄まじく、性能はIntelの足元にも及びませんでした。 AMDは「8コアと表示するのは不当表示だ」として集団訴訟を起こされ、巨額の和解金を支払うハメに。株価は2ドル以下まで暴落し、倒産寸前まで追い込まれました。
「グリスバーガー」事件(2012年〜)
ライバルがいなくなったIntelは、あからさまなコストダウンに走ります。 第3世代(Ivy Bridge)以降、CPUのコアと金属のフタ(ヒートスプレッダ)の間を、高品質な「ハンダ」から、安価な「熱伝導グリス」に変更しました。 これにより、CPUの熱が逃げにくくなり、オーバークロックができなくなりました。ユーザーはこの仕様を**「グリスバーガー」と呼んで蔑み、怒った一部のマニアは、カッターや万力でCPUのフタを無理やり剥がして中身を塗り替える「殻割り(Delid)」**という危険な改造を流行らせました。
第7章:2017年〜2019年【Ryzenの奇跡とメルトダウン】
天才ジム・ケラーと「Ryzen」の誕生(2017年)
瀕死のAMDを救うため、伝説のCPU設計者ジム・ケラーが呼び戻されました(彼はかつてAthlon 64を設計した人物でもあります)。 4年の歳月をかけて開発された新アーキテクチャ「Zen」。それを搭載した**「Ryzen(ライゼン)」**が2017年に発表されます。
世界中のPCユーザーが目を疑いました。 当時、Intelが「4コア」のCore i7を3万5千円で売っていたのに対し、AMDは**「8コア」のRyzen 7を同等の価格で出してきた**のです。 性能もIntelと互角。「マルチスレッド性能ならRyzen」という評価が定着し、YouTuberやクリエイターたちがこぞってRyzenを選び始めました。CPU市場に競争が帰ってきたのです。
Intel最大のセキュリティ事件「Meltdown / Spectre」(2018年)
Ryzenの攻勢に焦るIntelに、追い打ちがかかります。 過去10年以上にわたって製造されたほぼ全てのCPUに、構造上の致命的な欠陥(脆弱性)が見つかったのです。これが**「Meltdown(メルトダウン)」と「Spectre(スペクター)」**です。 これを修正するパッチを当てると、CPUの性能が数%〜数十%も低下することが判明。サーバー業界やPCユーザーは大混乱に陥りました。この隙に、AMDはシェアをさらに拡大します。
第8章:2020年〜2023年【頂上決戦と3D技術】
ゲーミング性能での逆転
AMDは手を緩めません。2020年の「Ryzen 5000シリーズ」で、ついに苦手としていた「ゲーム性能」でもIntelを追い抜きました。 さらに、CPUの上にメモリを積み上げる変態技術「3D V-Cache」を搭載した**「Ryzen 7 5800X3D」**を投入。これがゲーマーにとっての「最終兵器」となり、爆発的なヒットを記録します。
Intelのハイブリッド戦略「Alder Lake」(2021年)
追い詰められたIntelは、第12世代Core(Alder Lake)でなりふり構わぬ反撃に出ます。 スマホのCPUのように、「高性能なPコア」と「省電力なEコア」を組み合わせるハイブリッドアーキテクチャを採用。さらに、消費電力を度外視してクロックを引き上げ、ベンチマークスコアの王座を無理やり奪還しました。 「電気代と発熱は凄まじいが、性能は最強」という、かつてのPentium 4を彷彿とさせる力技でしたが、その性能は本物でした。
第9章:2024年〜2025年現在【信頼の崩壊とAI時代の幕開け】
第13・14世代Intel CPUの「劣化・暴走」問題
2024年、PC業界を揺るがす大事件が発生しました。 IntelのハイエンドCPU(Core i9-13900K / 14900Kなど)を使っていると、ゲームが突然クラッシュしたり、ブルースクリーンが頻発したりするという報告が世界中で相次いだのです。 当初、Intelはマザーボードメーカーの設定のせいにしていましたが、調査の結果、**「CPUに過剰な電圧がかかり、内部回路が物理的に劣化(酸化)してしまう」**という、取り返しのつかない不具合であることが判明しました(Vmin Shift Instability)。 一度劣化してしまったCPUは二度と直りません。Intelは保証期間の延長や交換対応に追われましたが、長年築き上げた「安定のIntel」という神話は崩れ去りました。
省電力への回帰とAI
この事件を受け、Intelは2024年後半発売の「Core Ultra 200S(Arrow Lake)」で方針を大転換。クロック競争を降り、消費電力の削減とAI処理能力(NPU)の強化に舵を切りました。 一方のAMDも「Ryzen 9000シリーズ」で電力効率を追求。両社とも、終わりのない周波数競争から、**「ワットパフォーマンスとAI」**を競う新しいフェーズに入ったのです。
まとめ:CPUの歴史は、私たちのPCライフそのもの
50年にわたるIntelとAMDの戦いを振り返ってきましたが、いかがでしたでしょうか。
独占にあぐらをかくと、必ずしっぺ返しを食らう(Pentium 4、近年のIntel)。
諦めずに技術を磨けば、巨人を倒せる日が来る(Athlon、Ryzen)。
このシーソーゲームがあったからこそ、私たちは今、数万円でスーパーコンピュータ並みの性能を持つCPUを手に入れることができています。もしAMDが潰れていたら、私たちは今でも4コアのCPUを10万円で買わされていたかもしれません。
現在、Intelは信頼回復の途上にあり、AMDは王者の貫禄を見せつつあります。しかし、歴史は繰り返します。どちらかが躓けば、また形勢は逆転するでしょう。 次にPCを組むときは、ソケットにCPUをはめ込みながら、この壮大な50年のドラマに思いを馳せてみてください。きっと、起動音(POSTビープ)がいつもより感慨深く聞こえるはずです。
【付録】自作erなら知っておきたい「CPU俗語」辞典
記事内で登場した用語や、マニアが使うスラングをまとめました。
石(いし): CPUのこと。「シリコン(石)」から来ている。
用例:「新しい石を買った」「石が死んだ」
殻割り(からわり): CPUのヒートスプレッダ(フタ)を剥がす行為。
ソルダリング: コアとフタの間がハンダ付けされていること。冷える証。
グリスバーガー: コアとフタの間がグリスであること。冷えない蔑称。
選別品(Binning): 同じ製造ラインの中で、特に性能が良い(低い電圧で回る)個体を選り分けたもの。「Core i9-14900KS」などの「S」モデルがこれに当たる。
シリコン・ロッタリー(シリコン宝くじ): CPUには個体差があるため、オーバークロック耐性が高い「当たり石」を引けるかどうかは運次第であること。
吉田製作所: 日本の自作PC系YouTuber。破壊的な検証や「殻割り」動画で有名。CPUの歴史を語る上で、日本のネット文化的には外せない存在(※記事のトーンに合わせて掲載可否は調整してください)。
Sandyおじさん: Core i7-2600Kなどを10年以上使い続け、「まだ戦える」と言い張る愛すべき頑固者たち。Windows 11の要件切り捨てにより、ついに絶滅危惧種となった。










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